さあ、旅の最終章は未訪問の2件。まずはマリオーザ。チェレータと同じマレンマ地区なのですが、山をぐるっと越えていくのでなかなかのドライブ。走りつつTAKEの解説を聞きます。
オーナー一家はもともとミラノが本拠地の“実業家=お金持ち”。この地に昔からあるスパリゾート&ホテルの経営に参加したのが25年前。生まれた家の定めか、女の子なのに男の子のように育てられたアントネッラ。すべて1番でないと許されなかったらしい…う~ん、普通の家に生まれてよかったな。と独り言つ。
2003年までは彼女がそのリゾートの社長を務め、この地のことは知り尽くしていたそう。
さあ、話すうちに待ち合わせ場所であるホテルが近づいてきました。
「ここです」とTAKEがアプローチしたのは、なんともゴージャスな門がしっかり閉まっている入口。
インターホンで話すと重々しく門があき、その向こうに広がる広大な敷地!えっ!ここ全部がリゾート?
チェレータも、バリのリッツカールトンも広大だなあと思っていたけれど、桁違い。
町か!とつっこみたくなるような、見渡せないほどの広さ。
ゴルフ場もあり、ジョギングコースあり、ミシュラン星付きレストランあり、そしてホテル入口に。
ここで待ち合わせということで、さっそく中へ…広がる硫黄の香り。温泉なんだな。本当に。
香りは草津と全く同じですが、このゴージャス感。う~ん。また唸る。
トイレを借りようと奥へ進むと、見えてきたスパ。まるでプールですが、これが温泉。
プールサイドで支配人にエスプレッソをご馳走になります。
それにしてもこのホテルの規模たるや…。
さあ、この支配人の車に分乗して、アントネッラの待つ畑へ。わりと走ります。
脇道の農道にはいり、一番奥まで突き進んで小さな建物のそばで車を降ります。
もう、そこは彼らの畑の中。全130haのプロパティで、そのうち40%が森。
ソーラーシステムも見えます。将来的には全ての電源・エネルギー源をソーラーをはじめとする
自然エネルギーに変えていくのだそうです。
この小さな建物は900年前のもので、当時畑で働いていた家族の子供たちのために建てられた小学校だったらしい。まだ使えそうだったので、修理をし、1階がワイナリー。2階はテイスティングができるものすごーくおしゃれなリビングと会議室。そしてゴージャスなキッチン。
古民家+最新鋭のイタリアデザインがミックスして、これ以上ないほどセンスよし。
【畑にて】さあ、畑を歩きます。
登場したアントネッラはききしにまさる男っぷり。意志の強い目元、きりっと結ばれた口。もう一人の重要人物=ロレンツォも一緒です。彼はアントネッラのワイン造りの師匠にして、ワインプロジェクトの総監督。サスティーナビリテイィの第一者で、自らも少量のワインを造っています。もう、たたずまいから、顔つきからすべて先生!という感じで、「わからないことはなんでも聞きなさい。聞くことがまず大事だからね」と。彼は学もあるけれど、自ら畑に入る実践者でもあるのだとTakeが教えてくれました。
2005年にアントネッラが古い畑を購入し、ワイン造りが始まりました。
彼女は最初から「ビオディナミコ以上のものをやる」と決めていたそうで、今後もビオにこだわらず、ビオ以上に消費者の健康を守り、この自然を守れる農法が開発されたら躊躇なくそれに移行すると断言。
「このエリアはとても特別で、ここで出来るものはここでしかできない。そこに価値を見出している」。
アイパッドを片手に、こちらの質問に熱く答え、話が終わるとノートに書き留める私たちを残してズンズンと歩いていってしまいます。
歩いているのは、これからぶどうを植えていく新しい土地。ワイナリーのすぐ裏手です。
ロレンツォが彼らのコンセプトを話してくれました。
「これから何かを植えるときは景観も大事にしたいんだ。トスカーナ本来の景観を守っていきたいからね。昔ながらの美しさを。だからブドウも上から下へ植えずに横に、土地の起伏に沿って植えていきたい。必要に応じてだんだん畑にすることもあるかもしれないよ。機械を一切使わないので、人間の作業効率を考えても横にうえていくのは理にかなっている。人間も動物だからね、消費エネルギーの観点からいっても上から下は厳しいんだ」
…なるほど。なるほど。
ここで私が想像したのはスキー。急な斜面を直滑降でおりるのはエネルギーがいりますが、斜滑降で降りるエネルギーは抑えられます。これまで何回も畑でさまざまな話を聞いてきましが、横植え発想は初めて。ワイン造りは進化しつづけます。
すでに畑には小さな株が植わっていて、それは支柱を中心に五角形=ペンタゴーノになっています。ん~どこかで聞いたような。そう、カスッテリーナのアルベレッロの畑と同じような造りです。
ここは主に粘土質、海洋性体積土壌でとても地力が高い。だから黒ブドウを混植で植えるらしい。
見えますか?これがブドウの苗。
【テイスティング&食べる】
いったん先ほどの建物に戻りテイスティングです。といってもワインは白と赤の2種類。
まずは2013の白。
品種はプロカニコという初耳の土着品種。ロレンツォいはくトレッビアーノトスカーノとも言われているらしい。
2013年春は雨が多く、6月中旬から夏になり、夏は通常通り。
風がいつも吹くエリアで、夏の終わりに暑くなったのでぶどうの成熟には最適だったと。
最低でも13度のアルコール度数がなければ土地の個性がでない。
香りはやたらと複雑でいろいろな花やはちみつ、果物などを連想させる。日本で最初にマリオーザの白を飲んだときの印象とはまた違う。現地だからか、余計に生き生きしているのかな。
でもしっかりした骨格や旨みの量はものすごいパワーで押し寄せる。
ロレンツォが解説してくれる。
「これは簡単にわかるようなワインではない。太いワイン。粗いワイン。発酵は3週間でも終わらないからね。色を見て飲むから白と思えるけれど、黒いグラスで飲んだら赤ワインと思う人もいるだろうね」
ここは暑い土地で雨の量もすくない。でもプロカニコはとても強い品種なのでこの土地に根付いていたんだろうと。同じ土地にカベルネを植えてもダメだと思うよ。
と、ここでアントネッラがピシャリ。
「ブドウに水を与えることは完璧なエネルギーの無駄遣い。水が必要なブドウを植えること自体が間違っているわ。だって今の時代、何人もエネルギーの無駄遣い、水の無駄遣いは許されないからね」
同じ農園からつくられるマリオーザブランドのハチミツとオリーブオイルを試食。
オリーブオイルはごくごくと飲みたくなるほど爽やかで、新鮮なのがわかる。はちみつは濃いのに喉がやけない。さらっと感がなぜかある。もちろんどちらもビオ。隊長が作るものは本当に安心して食べられるな。
どちらも大びんでお土産までいただき恐縮。そろそろ帰りのスーツケース重量が心配になってきた。
続いてワイナリーに移動して赤ワイン2013はタンクから。
こちらもチリエージョという聞きなれない土着品種が70%。サンジョベーゼ30%。
これも以前日本で飲んだものとは全く違うワインになっている。ロレンツォが携わりワインが大きく方向転換したみたい。しかもいい方向へ。
こちらも御多分にもれずセメントタンクを使用。発酵は4週間!長い。15日間ステンレスタンクに入れて落ち着かせ、大樽熟成11か月たったところ。
瓶詰は?と聞いたら「秋ごろかなあ。待つんだよ、その時がくるまで。ひたすらね」
ロレンツォが解説します。
「いいブドウさえあればワイン造りは簡単。例えばブドウが健康でよく熟していれば長いマセレーションも問題ない。でも不健全ならば一週間のマセレーションでもエレガントさは失われる。収穫を間違えるとそのワイン造りの98%を間違えたことになるんだ」
それにしてもこの2013ヴィンテージは暑い土地から生まれたワインとは全く思えない涼しさを持ち、透明な果実と旨みに満ちていて本当においしい。これが完成品となって日本にくるのが心から楽しみ。
【再び畑へ】
ワイナリー離れた場所にある畑に向かいます。最初に購入した畑です。
2番目に地力が弱い土地だとロレンツォが言っています。
ここはもともとブドウが植わっていたので、ペンタゴーノではありません。
ブドウの樹の根本を中心に藁のようなものが敷き詰めてあります。
“マルチング”という方法で、ブドウからできた藁を使います。マルチングの目的は
①余分な下草が生えるのを防ぐ
②微生物が増え、有機物が増える
③水分不足になるのを防ぐ
④時間がたつと、ミミズが増え土壌が豊かになる
実際に藁を掘って下土を触ってみると暖かく湿っています。
全ては自然な状態で地力及び植生をキープするため。
こんなことも言っていました。
「耕せば耕すほど微生物が減って地力が落ちてしまう」
「地力が強すぎるところにブドウを植えるべきではない。強すぎるとブドウも腐ってしまう。土地の条件を理解し、何を植えればいいのか知ることも大事だよ」
今まで他のワイナリーで聞いてきたことと全く逆のことのようにも思え、または回りまわって同じことにもなるのかな。
さらに上にあるロレンツォ曰はく“もっとも地力が弱い土地”へ向かいます。急こう配で見晴らしのよいところ。
なにやら藁が大量にあるので、これから畑として仕上げていくのかなと思ったら、よく見るとすでに苗が植わっていて、大量の藁は必然としてそこのあるのでした。ペンタゴーノ仕立てですでに支柱もたっています。
ペンタゴーノはバランスが高まる仕立て方で、もっとも自然に近い形でブドウを育てることができると。
ここへきて、ちょっとゾクゾクと鳥肌がたってきました。
もしや、この人たちは今まで誰もやってこなかったようなすごいことを成し遂げようとしているのではないかな?
それはアントネッラの鉄の意志と圧倒的な財力をバックに確実に数年後、実を結ぶのではないかな?
そこからさらなる急こう配を登り、山の頂上を目指します。途中、ここにもブドウの苗を発見。登るのもやっとの斜面をブドウ畑へと作り変えているのです。
同じイタリアのピエモンテの蔵元、カッシーナ・カロッサの畑を彷彿とさせます。
しかもここは360度のパノラマつき。地力うんぬんよりもパワースポットであることは間違いないな。
アントネッラがロレンツォをパートナーとして誘ったときに、ここへ連れてきて口説いたそうです。夢を語るには泣けるほど説得力のある場所。
もちろん、ここも横植えのペンタゴーノ。数年後に必ず訪れたい。ここが畑として出来上がった景色をもう一度みたい なと思いました。
さあ、ツアーも終了して次の目的地へ向かおうと車に乗り込むとロレンツォが窓越しに話かけてきました。
「すばらしい君たちへ。人生は一度。そして短い。私は確実に君たちよりも年をとっている。やりたいことを実現させてほしい」