3月11日午後7時すぎ、私と夫(社長)そしてゴンルナは恵比寿にいました。
電車が動かなくなり、帰宅手段を失くした友人を送っていったのです。
当然道路は混んでいましたが、まさかそのあと10時間も
車に缶詰になるとは想像もしていませんでした。
六本木交差点を飯倉片町方面に右折し、そのまま桜田通りまで直進、
桜田通りを左折して、官庁街に突っ込んだのが運のつき。
1時間ほど全く車が動きません。
皇居に突き当たるところまでようやくすすみましたが、人と車があふれ
ひどい状態です。
迂回しようと国会議事堂方面に出ましたが、同じこと。
麹町まできたところで時計はすでに11時を過ぎていました。
当然のことながら、どの車も殺気立ち、ルール無視は当たり前。
割り込みや、車線無視の走行、一通逆走などなど
そんな行為がかえって渋滞を巻き起こしているのに。
Tipsy’s、COTOTOIのことが気がかりです。
地震発生直後に、夫がバイクで様子を見に行っており
どちらも被害がないのは分かっているのですが、
連絡がとれないことが心配です。
自宅や、友人に繰り返し電話を試みますが
全くつながりません。
「緊急事態を優先しなければ」と思い直し
途中から電話は諦めました。
途中、トイレに寄ったコンビニでもトイレ行列10人。
棚には当然なにもなく、新たに棚につまれたスナック菓子を
ないよりはましという感じで
徒歩帰宅組が買っていきます。
車から歩く人を見ても感じましたが、若い人が多い。
ある程度のかたは、会社にとどまる方法を選んだようです。
若者のたくましさを感じ、まだまだ日本も大丈夫そうだなと
変なところで感心しました。
信号のない道を左折しようと30分くらいまっていたところで
ラジオから
「急いで帰る必要のない方は車を安全な場所に止め、
緊急車両やバスを優先させてください」との呼びかけが。
幸い、私たちは家族全員一緒。急ぐ必要もありません。
麹町の裏通りのパーキングに車を入れ、何かお腹にいれようと
以前、夫が行ったことのある居酒屋へ入りました。
(麹町勤務だったので)
「いらっしゃいませ!」ホールの女の子の明るい笑顔に
ホッとします。
居酒屋は行き場を失ったひと、帰るのを断念したひとなどで
混雑していました。
25席ほどの店なのに、スタッフも2名しかいません。
きっと夜のシフトのスタッフが来られなかったのでしょう。
ビールを頼んだところで次の来店が。
サラリーマン風のお父さんと、筑波大付属小学校の制服をきた
小さな男の子。こんな日じゃなかったら、この場所は
不釣り合いだったかもしれません。
筑波大付属小学校は私たちの地元、茗荷谷にあります。
実は夫も卒業生。
「茗荷谷から歩いてきたの?」思わず話しかけましたが、
最初は突然の他人からの問いかけに親子とも意外な様子で。
でも、夫が卒業生ということがわかると「大先輩だね」と
打ち解けた様子になりました。
さらに、隣のカウンター席にいた若い男性が、ナプキンを用紙がわりに
なにやらメモっています。
ハングルです。
「韓国のかたですね?」
彼はミッドタウンの高層ビルにいて地震にあったらしく、恐ろしかったと
言っていました。宿泊しているホテルが半蔵門にあり、歩いて帰る途中
居酒屋に立ち寄ったのです。
彼は一皿料理を食べると上着をきました。
「気をつけて!」
英語での情報が乏しい状況で、外国の方は不安も多いだろうな。
私たちの後ろの席で、話し込んでいた
外国人と日本人の二人組が帰ろうと席を立ちました。
麹町はなかなかインターナショナルです。
「歩いてかえるのですか?」
「いや、丸ノ内線が復旧したというので、赤坂見附までいってみます」
…そうかあ、丸ノ内線が復旧したのなら電車で帰るという方法もあるな。
でも、すぐに否定されました。
なにしろゴンルナが一緒です。すしづめの電車に乗れるわけもありません。
カウンター右となりで、勢いよく焼酎や日本酒を平らげている
作業服のグループとも話をしました。
近所の現場で作業していたらしいのですが、帰れないとふんで
ここでしこたま飲み、現場で段ボールに包まる覚悟らしいです。
さまざまな人間模様。
でも、こんな時だからこそ、情報を交換しあい
大丈夫ですかと声をかけあう気持ちが大切だなと実感。
夕ご飯のないゴンルナに、鶏肉を味付けなしで焼いてもらい
それを持って店をでました。
もう日付が変わっています。
駐車してある車なので、エンジンをかけ続けるわけにもいかず
ゴンルナ用に常備してあるタオルを分け合って眠ろうとしますが
寒さで寝付けません。
隣の車もひっきりなしに出這入りしていて、音が耳につきます。
気づけば4時。
どこかへ行っていたらしい隣の車の男女が戻ってきて、車を出しました。
「動いてきたのかな?」
夫が様子を見に行き、少しましになったというので
私たちも車を出しました。
昨日の悪夢のような渋滞を思えばましですが、それでもすごい交通量。
幸い、土地勘もあり、幹線道路をさけて渋滞をよけ小石川を目指します。
その間、何度も緊急地震速報がながれ、緊張しました。
飯田橋まで来たあたりで、心からホッとしました。
「帰れる」。
到着は朝の5時でした。
幸い、ゴンルナも少し疲れた様子ではありましたが
元気。
一生忘れられない特別な夜明かしとなりました。
Tipsy’s、COTOTOIともに節電に努めながら、通常営業しております。
少し疲れたなと思ったら、是非いらしてくださいね。
この度の三陸沖を震源とする大震災により被災された皆さま、
そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い復旧復興をお祈りするとともに、
私たちもできることをやっていきたいと思っております。
株式会社SIGMA